住吉の大神は、伊邪那岐命が黄泉の国(死の世界)から帰って穢を清められた時出現されました神様です。仲哀天皇の9年(200年)神功皇后[じんぐうこうごう]が新羅国等へ外征の際 「吾 和魂[にぎみたま]王身[みついで]に服いて寿命を守り、荒魂[あらみたま]は先鋒となりて 師船[みいくさ]を導かん」との御教示により大神を守神として進軍いたし、神助により交戦することなく戦勝いたしました。
この神恩に感謝し、神功皇后は現在の地に祠を建てて、住吉の大神の荒魂をおまつりになったのが住吉神社の起こりです。

住吉神社本殿(国宝) 昭和28年指定 (写真奥)

 応安3年(1370)大内弘世が再建したもので、その後、何度も修理されたにもかかわらず創建当時の面影をよく残し、室町初期の神社建築として特異な様式を示す貴重な存在となっている。

祭神五座に応じて五社殿を並べ、合の間で連絡し、いわゆる九間社流造[くげんしゃながれづくり]の形式をとっている。 桁行十二間五尺余り(22.8m)梁間二間三尺余り(4.6m)建坪六十三坪四合余(210m2)の檜皮葺[ひわだぶき]で、五社殿の正面は千鳥[ちどり]破風[はふ]となっているので正面から見ると春日造[かすがつくり]を並べたように見えるが、背面は片流れの屋根が葺かれており、流造であることがわかる。
社叢の緑を背景にした長大な本殿の荘厳さは人の心を打つものがある。
さらに、絵様彫刻なども、すこぶる優美でよく時代の特色を現している。

拝殿 (重要文化財) 昭和28年指定 (写真手前)

 住吉神社の建造物は、国宝に指定されている本殿をはじめとして、拝殿、唐門、透塀などすべてが神社建築史上見逃せない貴重なものといわれている。 この拝殿は、本殿の正面中央に接し、これと直角に建てられている。切妻[きりづま]造・破風[はふ]懸魚[げぎょ](破風の下または左右に下げた飾り)などに特徴がある。
 天文8年(1539)毛利元就が寄進したもので、その後、補修や屋根の葺替え等があったとしても、創建当初の原形や特質はいささかも損なわれていない。
 なおこの種の縦長の拝殿は、類例が少なく建築史上意義は大きい。