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2006年03月25日
「 裁 判 を 正 す 会 」 事 務 局 ■ あらためて「裁判を正す会」の歴史
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| 「裁判を正す会」を設立 週刊金曜日・1995.9.15 第90号
裁判に不正がある。エエッ?と驚く人は知らないだけだ。
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この後、法廷の入口に「事件番号・事件名」と「裁判官・書記官の氏名」が書き出されるようになった。 『権暴−欺瞞の法廷』(葦書房、1992年)出版の後で、マスコミに対する司法権力の締め付けは強力で、下関で発会式をしても記事にならないから、発会式は四国、徳島県板野郡藍住町奥野でした。 『権暴』の出版で、冨嶋と記者は司法が「言論・出版・報道・取材の自由」を弾圧する軍国主義以上の「国家権力」であることを思い知らされた。本の宣伝をすることまで押さえつけた。陰湿・姑息このうえない。
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「裁判を正す会」藍住で発会式 1995年(平成7年)10月2日 ※ 発会式の進行中、記者の1人に冨嶋は廊下に呼び出された。「井上さんが、自分が会長だと言っています」。翌日の新聞を見ると、各紙とも、井上さんが「元警察官」と記載していた。そのことを、井上さんの奥さん以外の発起人5人は、そのとき初めて知った。井上さんにも予想外のことだったであろう。発会式の後、井上さんは活動に消極的になり、2年後、病状がさらに悪化したことを理由に脱会された。冨嶋の裁判では正義感の強い警察関係の人間も応援してくれたが、いつのまにか離れて行く。裁判所が封建権力の中枢にあることを悟った。司法権を掌握しているかぎり、封建権力は安泰である。立法権も行政権も手が出せない。抵抗すれば、野蛮な仕返しをされる。社会悪の根源が裁判所にある。「日本は正義が通らない国」と世界中から揶揄される根源が、汚職役人である裁判官が取り仕切る「えん罪・故意誤判(違法判決)」にある。 『民事裁判ものがたり』の出版
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| 広島市の女性は「亡夫の土地を移転登記の事実もないのに、県と市にとられた。損害賠償を求める裁判を起こしたが負けた。納得できない」と述べている。 国際電信電話株式会社(KDD)と政界を舞台にした「KDD事件」で知られる同社元社長板野學さんも同会会員。板野さんは、公判調書を改変されたことを報告している。本のタイトルとは異なり、板野さんの体験は刑事裁判。 板野さんの裁判では、91年3月の東京高裁の控訴審判決で、東京地裁が検察側から証拠品の立証趣旨の変更申し立てを受け、公判調書の一部を書き直していたことが明らかになった。東京高裁はこれらの行為を「明らかに違法な措置」と裁判所側の非を認めた。 冨嶋さん自身も79年に、「母親が死亡したのは誤診と不適切な投薬が原因」として、開業医2人に計約5千万円の損害賠償を求める訴訟を起こしている。 その訴訟の過程で、「調書に裁判と無関係の弁護士が記載されたり、出廷していない人が出廷したことになっていた」という。 冨嶋さんは「裁判が必ずしも公平だとは限らない。一般の人は裁判について素人。裁判を監視することで、不当な裁判を防止したい」と話している。
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| 第2回総会開催 1997年(平成9年)4月27日
同年2月25日に冨嶋の医療過誤裁判が、最高裁第三小法廷で「広島高裁に破棄差し戻し」になり、司法権力は「裁判を正す会」の活動と冨嶋の裁判の関連記事を完全に押さえ込むことができなくなった。熱血漢の記者の存在もあり、やっと本部をおく下関で総会を開催することができた。
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| この後、多くの会員の方が裁判の戦い方を研究され、勝訴判決・勝訴和解を勝ちとった。個々の裁判で確かに目に見えて成果があった。 反面、病気になって入院する人、怒りを爆発させて脳溢血で亡くなった人もいる。板野學氏の汚名を晴らすために奔走された奥様は、血圧が400を越えても、手術をする時間もなく、無理を重ねて亡くなられた。弁護人の五十嵐二葉弁護士も入院先から電話をしてくるという話を聞いた。汚職裁判官・佐藤文哉に振りまわされて、板野氏夫妻は人生を台なしにされた。当時、この佐藤文哉裁判官が法制審の刑事部門の委員長だった。裁判官も役人世界の一員で、悪い奴でなければ出世できないことを知る。
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| 「法制審に普通の国民を採用せよ」の請願運動 1999年(平成11年)2月23日付「毎日新聞」
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最高裁判所長官と法務大臣宛に「記録機材の法廷内使用解禁」を求めて署名運動 請願運動のときの社会派で知られる紹介議員にも協力してもらった。「裁判官42人の誤判をどう理解したらいいのか」の渡辺倍夫氏にも参加してもらった。
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最高裁長官も法務大臣も黙りを決め込み、運動を無視した。 これで引き下がってなるものかと、毎日新聞の「発言席」に投稿を試みた。運良く2002年(平成14年)3月18日付で採用された。
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「裁判を正す会」設立から7年が経過。最高裁が裁判所内部の犯罪をいかに隠しとおそうとしても、温暖化で、氷山の一角がある日突然、海面に崩れ落ちるように、法治国家の無法地帯としての正体が暴かれてしまった。 |
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| これは、やはり「裁判を正す会」の会員のみならず、日本中の違法裁判被害者が声をあげ、社会に訴えた成果だと考える。 これほどまでに明白に犯罪の事実を指摘されても、尚、裁判官らは平然と雛壇の上に座る。盗人猛々しいというしかない。
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| 運動に1つの区切りをつけるために、最高裁に裁判所浄化をやる気があるか否かをはっきりさせんと、冨嶋が原告になり、2003年(平成15年)3月10日、「記録機材の法廷内使用解禁」に、メモ裁判同様の効果を求めて、最高裁長官町田顯・元山口地方裁判所下関支部長判事梶本俊明・国(法務省)を被告に、国家賠償請求訴訟を東京地方裁判所に提起した。
結果は、違法裁判の常道で、被告らと一心同体の「審判役の合議」が、裁判権・判決権を盾にして、逃げて、逃げて、逃げまくった挙げ句には、一言の弁解もなしえず、原告を敗訴にした。
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| だから、これからも「裁判を正す会」は存在し続けなければならない。 犯人に「悪いことをするな」と、いくら言ってもムダで、裁判所は相手にしない。立法・行政、つまり昨今の政治家も腑抜けで頼りにならない。 やはり世論喚起が決め球である。会員各自が新聞・雑誌に投稿して、世論を盛り上げていただきたい。取材を申し込み、記者会見もしてもらいたい。ついては第四の権力といわれるマスコミに協力を要請する。 風刺画を作り、社会に浸透させることも一案。 とりあえず、「裁判を正す会」のホームページの「掲示板」を、「目安箱」に模様替えして、会員のみならず多くの人に利用してもらおうと思います。そして適宜、最高裁判所・日弁連に送付します。 山が動くまで、焦らず、怒らず、諦めず、へこたれず、運動の態様を模索しながら、コツコツと努力を続けるしかないと考えます。 「山が動く」とは法律で決められた内容のことが実効性を発揮することです。例えば、「裁判官忌避」をすると、「裁判官忌避」が実現することです。 どんな方法で、どんな形の運動をするか、この点に関するご意見を事務局に送ってください。 みんなで知恵と力を出し合わないと、山は動きません。 今期(06年4/1〜07年3/31)の年会費3000円・カンパの振り込み用紙を同封いたします。今期、どれほどの活動ができるか確かではありませんが、賛同してくださる方はお振り込みをお願いいたします。
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| ■ ご紹介:資料・証拠の図画作成が綺麗にできます
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| いつも会員の方には申し上げていますが、勝訴するためには「事実がどうであったか」を自分以外の人間に鮮明に理解させることが大切です。特に裁判官に理解させることができなければ勝訴は難しいです。裁判官は法律以外の分野では素人です。「縮図1/200と1/400とどちらが大きいか」と書記官に聞く裁判官もいます。図画(地図・作図)があれば一目瞭然でわからせることができるのにという場面もあります。そういうときに勝浦市の国本勝氏にご相談されるといいのではと思います。特に不動産関係(公図改ざん事件等)の事案に効果があると思います。価格は遠慮なく相談されるといいです。お金のことは、お互いに割り切って考える方がいいです。
国本氏からのメールをご紹介いたします。 |
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| 私の業務は精密イラスト(エアーブラシ)を本業としていましたが、デジタル(平成6年から)になってからは電通等と仕事でNTTドコモ等を中心に写真合成を行い、平成16年4月に東京の事務所を閉鎖して自宅で営業を行っております。
現在の仕事は特殊なドラムスキャナーで入力してB1まで拡大してもクリアーな画像が得られる方法で文化財の写真保存の営業に力を入れております。 下記に営業文面を記載致します。又、画像もJPGで添付致します。
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